育星舎 代表ブログ

京都市にある私塾教育・育星舎グループ代表のブログです
時代遅れ


文科省が「小学校でのプログラミング教育必修を検討」すると発表した。プログラミングとはコンピューターを動かすためのプログラムを作ることを指す。そのプログラムとはコンピューターにさせたいことの手順や内容を記した指示の集まり(命令書)だ。

まさに時代の変化、社会の変化が教育を変える。欧米などでは労働市場でプログラマーの需要に供給が追いつかない現状があるという。さらに人工知能の進化により、近い将来、半数近くの仕事が自動化される可能性が高く、いわゆる「第4次産業革命」による変化を受け、そうした社会で生きていける人材を育成する必要があるという。

また、プログラミング教育は論理的な思考力や問題解決能力だけでなく創造力を育てることにも効果的だといわれている。手前味噌ながら、12年も前からそれに気づいていたのが我が「科学の学校・ロボサイエンス」だ。生徒達はロボットの動きを制御するためにプログラミングをする。彼らはロボカップ、WROといったロボット競技の世界大会に何度も勝ち進んでいる。そこで活躍したA君はアメリカの名門マサチューセッツ工科大学を目指すという。

他方私はパソコンもメール・SNSもできない時代遅れ。電車の中、ほとんどの人達がスマホを操作している光景に感心する。いわんや、ポケモンGOなどは別世界。

 

 

| IRIE | - | 01:07 | - | - | -
乱立

また新しい学習塾が近くにできた。私の塾から徒歩10分圏内である。すでにある塾で主だったものを書きだしてみたら13塾もあった。30年前、私が塾を始めた頃は皆無だったのに。

 

飲食店や美容室も増えてきた業種だが、学習塾に関しては同業者の私から見ても奇異に映る。教室展開した自分の経験からみて不思議なのである。まず、採算が合うのだろうか。ほとんどが企業経営(フランチャイズも含め)タイプの塾なのでそこは計算されているのだろう。しかし、少子化もあり生徒数は限られている。塾のかけ持ちなどは少ないだろうし。パイのとり合いというところではないか。つぎに、講師の養成は追いついているのだろうか。講師の教務力はすぐにはつかない。特に出店しているのは1:1あるいは1:2の個別指導塾だが、この業態だと集団指導に比べ当然多くの講師を必要とする。粗成乱造に近いものがあるのではないだろうか。さらに、大手塾のチラシやコマーシャルなどの宣伝力にも驚く。どれほどの金額をかけているのだろうか。必然、その費用は指導料に含まれると思うが、格安の塾もあるからその裏には何があるのだろう。


他人ごとのように言っているが「この育星舎の今後の経営はどうか」、これから真剣に考えなければならない。お陰様(?)で今までのところ大きな影響は受けていないのだが。

 

 

 

| IRIE | - | 14:58 | - | - | -
世代交代
 
育星舎グループには大きく5つの部門がある。幼児から知能教育を行う「マナ英才学院」、中学受験の「入江塾」、高校受験・個別指導の「伸学α」、大学受験の「Vキャンパス」、そして理科実験・ロボット教室の「科学の学校」である。私が始めた個人塾から30年余り経ているので卒塾生の年令もそれなりのものになる。彼らが時々顔を出してくれてその成長ぶりに驚くことがある。

そんな中で数年前から育星舎の講師になる者も現れ出した。今年来てくれた2人は小学校低学年の頃に入会してくれた。まだ幼いかわいい時代に育星舎の門をたたいてくれたのだ。1人は「科学の学校」に通ってくれた。今は実施していないが、その頃から数年間、毎年夏に「実験合宿」を行っていた。その中の小豆島で行った合宿に参加したことを憶えていてくれた。もう1人は「マナ英才学院」「入江塾」「Vキャンパス」と学習塾は育星舎以外通ったことはないという、もうバリバリの育星舎出身。

大学は東大工学部と京大工学部。学歴だけではなく、学力採用試験も優秀な成績をとってくれた。人柄も申し分ない。それよりもなによりも育星舎出身である。即、研修開始となった。今後、後輩達の指導をしっかりしてほしい。

こういうことはうれしい限りだが、自分の年齢を考えたとき「世代交代の時代が来ているのだな」と思うのも事実である。


 
| IRIE | - | 13:02 | - | - | -
変身
私は小学校の1年から3年までの3年間、大阪の堺は浜寺で過ごした。住まいは団地で、海にも近くまわりはまだ田畑もあり遊ぶ場所には不自由しなかった。学校の宿題は帰宅後すぐにするよう厳しく言われたが、それ以外に勉強はあまりしなかったように思う。学校の成績は中程度だった。クラスには優秀な子がいて、「どうしてそんなにできるのだろう」と思っていた記憶がある。

かけ算で九九を習った時である。私はなかなか答えられなかった。できない子は昼休みに特訓を受けた。百マス計算のような表の空欄に棒で指されすぐに答えなければならない。その棒を握っているのは先生から選ばれた生徒だった。今から思えば屈辱的なことだったといえる。

4年で京都に引越しすることになった。担任の先生から言われた。「入江君、大阪はレベルが高いから、京都ではあなたならきっと一番になれるわよ。」私はそれを信じた。

京都に来てから熱心に学習もした。気がつくとよくできる生徒としての自分がいた。「やっぱりあの先生の言われたことは本当だったのだ」と納得した。

ところが、大阪のときと同じ業者のテストを実施していたことが後にわかった。レベルが違ったのではなく、私自身が変わったのであった。


 
| IRIE | - | 15:25 | - | - | -
入試改革

朝日新聞「GLOBE」の3月6日号の特集「入試とエリート」を興味深く読んだ。2つの大きな大学入試のあり方について、東大を頂点とする日本の大学とアメリカの一流私立大学(特にハーバード大学)を比較している。実際、日本の従来型の「ペーパーテストの成績だけによる一発勝負入試」(点数主義)をやめ、「多様な背景を持つ入学希望者がより適切に評価される多元的な選抜」(人物主義を加える)を行なおうとしているのが日本の入試改革の方向で、政府はアメリカの一流私大に近い入試を導入しようとしているのである。

この記事を読んで知ったことがある。アメリカの大学は入学しやすく、卒業しにくいと思い込んでいたのだが、昨年のハーバード大学の入試の合格率は5.3%という難関であったそうだ。また、ハーバード大学はOB・OG子弟の志願者を他の志願者よりも入試で優遇していて、その合格率は一般志願者の4倍だという。さらに全米で「年収50万ドル以上」という超富裕層の世帯は1%だが、ハーバード大学では14%で、東京大学の比ではないという。一方、経済的に裕福でない家庭の子弟が通えるように返済不要の奨学金があることにも驚く。

これらを取材している記者自身が、灘中・高校から東京大学法学部に進んだ旧来の日本型エリートだというのもおもしろかった。


 
| IRIE | - | 12:48 | - | - | -
紆余曲折

卒塾生が訪ねてきた。当日、前もって電話連絡があったのだが、取り継いだ講師のミスもあって、最初は誰なのか分からなかった。昔のデータを調べて、15年ほど前に高校受験をしたA君だと分かった。

当時の担当の講師も呼んで、3人で会った。医師の国家試験が先日終わって、今京都の実家に帰っているという。そういえば医学部に入った時も訪ねてきてくれた。

私は中学受験の指導をしていたので彼を直接教えたことはない。お母さんとの面談や車での送迎をしていた程度だ。ただ、大変頭が良い生徒であることは認識していた。そして全国でも有数な進学校である某難関高校に合格した。

彼いわく、高校時代、大学受験時代、大学時代には紆余曲折の道を歩んだようだ。遠回りしているが、それぞれの時を後悔していないように見えた。確かにそれだけの幅を感じられる人柄になっていた。さらに「これからは医師として夢を持って進んでいこう」という意気込みが感じられた。

患者を相手の医者としては、これからは回り道はしないでいただきたい。今までの紆余曲折が逆に益になるようにするのはA君自身の今後の努力によるだろう。



 
| IRIE | - | 12:04 | - | - | -
楽しい受験

1月23日に入江塾新小6生の保護者会が開かれた。ここ3年程行っていることで、中学受験へ向けての1年の取り組みについて私が話す。

入江塾は小5生までは学習の基本姿勢を教えることに重きを置き、勉強量はそれ程でもない。小6生ではそれを土台に入試に向けて追い上げをはかる。小5生まで余力をためているので追い込みは充分に可能なのだが、それでも子どもの個性を生かしながら学習量を増やし成績を上げることは並大抵ではない。

ただ、もとからの入江塾生でもそんな趣旨を理解してくれて6年生時を区切りに意識を変えてもらえるのだろうか心配だ。また、特に小6近くで途中入塾してきた生徒でも同じように学力を上げようとするには、それなりの接し方や指導法を工夫しなければならない。全く受験勉強をしてこなかった子、大手進学塾へ行っていた子、それぞれ受験体制の入江塾に短期間で慣れてもらうためにどうしたらよいのか。

そこで、2月から新小6生になるにあたって、私の経験からできる限りのアドバイスをさせていただこうと考えた。特に「三位一体論」という信頼関係が中心となる。すなわち、保護者と生徒との親子関係、保護者と入江塾との信託関係、生徒と入江塾との師弟関係それぞれに関する入江塾独自の見解である。その関係がうまく調和した時「楽しい受験」となるのである。

入江塾の体験記にはこの「楽しい」の表現がよく出てくる。大手塾には決して真似のできない所である。この結果、生徒と生徒との友達関係もすばらしいものになる。同じ志望校を目指している場合、「共に合格を目指そう」ということになる。たとえ成績の差が開いていてもそんなことで差別したり、卑下したりはしない。

今年の合格体験記を書いてくださったお父さんは、そんな関係を含めて「四位一体」と表現して下さった。



 
| IRIE | - | 13:35 | - | - | -
父と私 2

主体性のない私は大学に入ってから自我に目覚めだした。今まで自分をつき動かしてきた目標がその力を失い始めた。そして父とぶつかった。その時私は驚くべき言葉を父に投げかけた。父も私がそこまで反抗するとは思わなかったのであろうか、一瞬ひるんだように見えた。

私は家を飛び出した。今まで学生でアルバイトもしていなかった身分から急に自活していかなければならない立場になってしまった。無我夢中で生活した。今から思えば無謀な行動だった。しかし、何とか数年が経ち、学習塾を開くことができた。

そして結婚を機に父と和解した。結婚には喜んでくれた父だが、私の職業については首をかしげていた。大正生まれの父にとって学習塾というもののイメージがなかったのである。そんな父も新聞などで学習塾や予備校などの記事があると、時々そんな情報を私に話すようになった。

ある時、父は私に言った。「学習塾も教育の機関やろ。お前は教育者として生きていけよ。」この時私ははじめて父に認められたと感じた。

今、大手学習塾の中には会社経営の事業として成功しているものもある。私はそれをあまりうらやましいとは思わない。長い間、紆余曲折を経て「事業家としての前に教育者として認められたい」と父に対して思ってきたからだろうか。




 
| IRIE | - | 12:28 | - | - | -
父と私

NHKスペシャル「瀬戸内寂聴密着500日」を観た。大病で入院し、今年復帰、活動を再開された様子が映っていた。御年93才。「100才まであと7年だ」と未だ意気軒昂だ。

ところで今年亡くなった私の父は瀬戸内氏と年令も出身地(徳島)も同じだった。父も長寿の方と言えるだろう。ここ数十年実家で行う恒例の新年会があるのだが、盛期には30人ほどが集まった。そんな新年会を今年も催した。父は何しろ酒(特に日本酒)が好きで、またよく人を集めて宴会をした。もちろん晩酌は毎日。若い頃程ではないが、それでも倒れる直前まで毎晩3合は呑んでいた。

父は母子家庭で育った。父親の顔を知らない。経済的にも苦労したらしい。戦争で学徒出陣も経験し、終戦後司法試験に合格し、裁判官になった。その時私が生まれている。その後東京に赴任してから私が小学校1年のときに大阪で弁護士になった。

私にとっては非常に怖い父親で「(家族はお母さんだけでいいのに)何でお父さんは居るの?」と幼い頃母に聞いたぐらいだ。柔道などのスポーツで鍛えた父の身体は大きく頑健であった。学力でも体力でも私は父に対し劣等意識を持って育った。

そんな私を直接の教育は母に任せていながら、背後で父は自分の思いどおりに育てようとした。自分が苦労したことを私に経験させまいと無意識にコントロールしようとした。そのお陰で私は定められたレールの上を走る列車のようであった。例えば大学受験も法学部以外は考えられなかったし、大学で就職活動もしなかった。良い意味で悩みはなかった。(続く)


 
| IRIE | - | 01:02 | - | - | -
評判最悪

「元塾講師のバイトが語る。大手個別指導塾に絶対に通ってはいけない理由」。ネットでこんな文章で始まるブログが載っていた。塾名は伏されていたが表現で特定できる大手塾。その塾には私の息子もバイトしたことがある(うちの息子の評判も良くなかった)ので興味があって、悪口とは思いながらも読んでしまった。

「私にとって塾講師のバイトは詐欺と同義でした」には笑ってしまう。教務内容がほとんどないのに生徒を通してバイト料をもらう。そんな構造を指摘したものだが、塾側も同罪であるのに変わりはない。

「私は結局、地学の授業を担当することになりました。おそらく生徒の方も私が地学を知らないということを勘づいていたと思います。私は申し訳ない気持ちで泣きそうになりました」。「私」が教室長に強制された結果がこれ。売上げ至上主義の教室長にとってはこんなことは日常茶飯なのだろう。

「N君は朝から晩まで授業漬けの日々を過ごしていて、ついに塾のエリアの年間授業受講数の過去最高記録を塗り替えてしまいました。ここまでくると、本当に悪意しか感じません」。授業を受ける回数が足らないという教室長の方針に従った浪人生N君。自力で問題を解くことなく授業だけを受け続けた結果、受験したすべての大学に落ちてしまったという。

「そんな極悪な教室長のおかげで、その教室は本部から表彰を受けていて教室にはトロフィーや賞状がたくさん飾られていました」。売上げ、生徒数を伸ばしていればそれだけで評価される仕組み。この教室長も雇われサラリーマンで生活のために仕方なくやっているとするならば、生徒も講師も教室長もみな悲惨だ。

「お願いだから○○塾さんは塾業界から撤退して下さい。これ以上、犠牲者が出ないうちに」、最後の嘆願もむなしく響く。先日のブログで講師の国家検定をとり上げたが、これでは業者の資質が問われることになる。


 
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