育星舎 代表ブログ

京都市にある私塾教育・育星舎グループ代表のブログです
みかづき1

NHKで、ある学習塾の創業(昭和40年頃)からの道のりを描いた「みかづき」という連続テレビドラマが放送された。私は原作を去年読んでいたので興味をもって毎回見た。


原作を読んだとき思ったことは、「作者は塾業界のことをよく調べてはいるが、やはり当事者でなかった分現実とは異なった内容が描かれているな」ということである。例えばドラマでも進学塾か補習塾かという路線の対立が重視されているが、実際はそうではなかったのではないか。

 

学校より先取り学習をさせている進学塾と、学校についていけない生徒を対象にした補習塾。ドラマでは教育の理想を追求する講師が後者に属し、前者では落ちこぼれる生徒が出てくるように描かれている。しかし、私は「あまり流行っていない個人塾が補習塾とならざるを得なかったのであり、合格実績が出ないこのタイプの塾は当然発展は望めなかった」と考えている。

 

それより教育者と企業家の両者の対立を描くならば関西でいえば藤原学園か浜学園かといった構図の方がよかったのではないか。一方、浜学園は皆様もよくご存じの方もおられるので紹介する必要はないと思う。他方、藤原学園の創業者故 藤原先生は「教育は企業ではない」と塾を法人化しなかったし、学習塾に理科実験教室を併設(メインだったのかもしれないが)し、小豆島に理科実験などのために広大な合宿所を生涯をかけてつくられた。

 

藤原先生の教え子の中には医師など多くの優秀な社会人が輩出した。補習塾ではなく真の教育を目指されたのだ。

 

 

| IRIE | - | 18:52 | - | - | -
同窓会

1月2日に毎年、私を含めて洛星中学高等学校の14期生数人が集まる。今年も行った。65才または66才の私達の中には定年を迎え悠悠自適の者もいるが、子会社の社長や監査役、医者などでまだ現役の方が多い。
 
将来の仕事に対し、父は1.大企業に入る 2.上級の国家公務員になる 3.有力な資格をとる、の3つの方向を私に選択させた。多くの友人はその方向に進んだが、私だけは大学を中退した。親のつくったレールの上を走り続けることができなくなったからだ。それでも20代後半まで親の脛をかじっていたが、ついに家を飛び出し喫茶店のウェイターのアルバイトをしながら自活を始めた。家庭教師そして個人塾を始めた頃も、弁当屋の配達など午前中できるアルバイトを併用していた。塾だけで生計を立て出したのは34才の頃だろうか。それでも生活は大変だった。
 
私はその頃、将来を嘱望された友人達をうらやましく思っていた。ところが、去年の1月2日の集まりで1人の友人(東京大学理科砧狢粥砲「あの頃、お前を心配していた」と言ってくれた。「ああ、僕のことをそんな風に思ってくれていたんだ。」とちょっと感動した。そして彼らと交流できていることに感謝した。
 
中学受験も大学受験も親の影響が大きかった。しかし、受験勉強をしたお陰で学習塾の講師が勤まってきたのだなと今さらながら思う昨今である。

 

 

| IRIE | - | 02:45 | - | - | -
遺伝

 

知能(知性)は遺伝するかどうかは昔から論争の的だった。約25年前私が知能研究所の講座を受けたときもそんなことが話題になった。幼児教育を主宰している知能研究所は「知能が100%遺伝する」などとはもちろん言えない。そんなことになれば幼児教育は無意味になってしまうからだ。

 

本能(本性)は学習しなくても親から伝わる(遺伝する)部分である。例えば赤ちゃんは教えてもらわなくても乳の飲み方を知っている。それは大脳辺縁系以下の部分が司っている。それに対し知能(知性)は親から何の情報ももらっていない(遺伝のない)真白い部分である。学習をしなければ理解、行動できないのである。大脳新皮質が学習を司る部分だが、人間のそれの比重は動物のより極端に大きい。そこに幼児教育の意味があると知能研究所は説く。

 

その知能の「学習するスピードや容量」は遺伝するらしい。同じ車でも軽自動車とスポーツカーの違いがあるようなものかと私は考えている。軽自動車をスポーツカーに追いつくために最初からアクセル全開で走らせていたらオーバーヒートしてしまう。無茶をせず上手に乗れば目的地まで無事に着けるのである。競争至上主義や詰め込み型の受験教育に反対する所以である。

 

ところで「父親よりも母親の遺伝子が子供の学力に影響する」そんな新説が今、週刊誌などで話題になっている。知能を司る遺伝子の相当数はX染色体上にあり、父親(XY)より母親(XX)の方が特に息子(XY)に対する影響力が大きいという。

 

知能は機能によっては遺伝するかもしれないが、教育(学習)は絶対に必要である。遺伝といってあきらめてしまうのではなく、あせらず子供の適性に応じた教育をしていくのはこれからも大切なことである。

 

 

| IRIE | - | 22:15 | - | - | -
教場移転

今年に入って育星舎では相次いで2教場の移転が問題となった。どちらの教場も私が苦労して探したとても良い物件である。場所はもちろん、家賃の安さ、看板が目立つこと、駐輪場の存在などいい条件が揃っていた。不動産のミニバブルの様相を呈する京都ではそんなことがかえってあだになってしまった。

 

1つは家主が資金の必要性からその物件を売りたいということで、まず私どもに打診してきた。もう一方は家主が個人から不動産業者に変わり、家賃の増額を要求してきた。どちらも私どもからすれば法外な値段だったので驚いた。そうこうするうちに、立退きを迫られることとなった。

 

移転するといっても塾の場合そう簡単ではない。あまり遠くへ移ると今までの塾生が来なくなってしまう。近くで家賃が今までぐらいで、塾として使える物件はそう簡単に見つからない。こちらとしてはそんなことに悩みながらも、時間だけは経っていった。春が過ぎ夏が来てもまだ納得できる物件に出会わない。家主のほうはこちらの態度に不満をつのらせる。こちらとしても信頼関係のなくなった家主との付き合いは早く終わらせたいのはやまやまだ。

 

秋になっても解決できないかに思えた。しかし、考え方を変え妥協することにした。まず、家賃が高くなることは今の京都では仕方がないとあきらめた。次に、一方、学習指導部門と理科実験教室を分離しそれぞれ別々の物件に移転し、他方、学習指導部門を閉鎖し理科実験教室だけ移転することにした。(生徒、保護者にはたいへんご迷惑をおかけした。)

 

この度、新たな教場3件との賃貸借契約を締結した。ようやく、今まで経験したことのなかった泥沼の1年から解放される。

 

 

| IRIE | - | 03:09 | - | - | -
退塾

卒塾と退塾は大きくちがう。退塾とは卒塾とちがい結果が出ない状態で塾をやめることである。生徒数が数十名であった個人塾の頃、私は退塾者が出る度に胃がいたくなった。今は生徒数も多くなりそのようなことが少なくなったが、時折退塾者の情報に接すると残念な気持ちで心が暗くなる。

 

退塾の理由がこちらの落ち度でない場合でも気にはなる。最近も地方へ転勤するという理由のものがあったが、その保護者、生徒ともに育星舎のファンであったので大変がっかりした。

 

退塾の理由がはっきりしない場合はこれからの塾運営にも大きくかかわるので気をつけなければならない。ところがやめていく生徒や保護者は理由を明らかにしてくれない場合が多々ある。そんな場合、「どうしてなんですか」としつこく聞くことはできない。

 

しかし、ほとんどの理由は「成績が上がらない」ということであろう。競争原理を利用して生徒指導をしている大手塾と異なり、私どものような塾にとってはそれは大きな問題である。一方、競争原理を利用すれば、「成績が上がらない」ということは他の生徒よりも努力していないということとつながりやすく、塾の責任にはなりにくい。他方、我々のような夢を持たせてやる気を出させ、面倒見の良い塾での「成績が上がらない」ということは塾の指導不足という印象を与える。「塾に入れば成績が良くなってあたりまえ」と考えている生徒、保護者には弁解の余地はない。そんな中で育星舎の学習部門は鍛えられてきた。成績上位者だけを相手にするのではなく、いろいろな生徒の成績を上げてきた。

 

私達は生徒数を増やすよりも退塾者を出さないために、指導の仕方を工夫してきたといってよい。今の育星舎はその点については自負がある。これからも生徒の夢に応える塾でありつづけたい。

 

 

 

| IRIE | - | 02:58 | - | - | -
他塾フォロー

中学受験の入江塾は大手塾に通っている生徒の指導、いわゆる他塾フォローも受け付けている。学習塾を始める前、私はプロの家庭教師をしていたので、その頃から他塾に通っていようと頼まれれば指導したのである。

 

他塾フォローで気をつけねばならないのは、生徒、保護者の意向である。たとえば塾内での成績を伸ばしたいのか、それとも第一志望校の入試対策をしてほしいのかの区別は大変重要である。入江塾の算数は独特の解き方があるのだが、そうではなくその塾のオーソドックスな解法で教えるべきかどうかは本人の負担を考え、希望だけでなく学力も考慮しなければならない。

 

入江塾本来の生徒も指導しなければならないので他塾フォローにはそれほど人材や時間はかけられない。しかし大手塾の問題点を知れば知るほど頼まれればできるだけ協力したいと思う。ほとんど小学6年生になってから連絡があるので、転塾などを勧めることは控えている。

 

大手塾は集団指導(個別指導では実績は出せていない)で個々の志望校の対策に充分に対応できない。ただ灘中学は別格だろうが、その他の難関校についてはよくて2、3校まとめて、中堅校にいたっては学力別クラス程度。ある大手では過去問は赤本で勝手にやっておけと言われたという。それに比べ入江塾の他塾フォローは、その学校に焦点をしぼって塾長及び専任講師が指導に当たる。塾の規模では負けているが、指導内容の質では勝っていると自負している。

 

 

 

| IRIE | - | 04:11 | - | - | -
夏合宿

去年の夏期講習期間後半、私は体調を崩してしまった。今年はそのようなことのないようにスポーツジムにも通いながら体調を整えていたのだが、やはりだめだった。講習そのものは若い講師に任せているので影響はないのだが、暑さに弱くなっている自分は情けない。

 

以前はこんな状態ではなかった。特に「科学の学校」の夏合宿をしている頃は野外活動までやってのけたのだ。夏合宿は2泊3日で、学習部門の夏期講習の盆休み期間にあてられた。だから、参加講師たちも大変だった。特に小学低学年担当の先生はその世話に苦労した。初期の頃は合宿のノウハウもなかったので、理科実験教室を大阪で主宰し、小豆島に合宿施設を持っていた藤原学園のお世話になった。第1回の参加者は8名だったと記憶している。広大な敷地に立派な理科実験施設と宿泊施設、海と山の自然。海水浴も楽しんだ。

 

10回ほど続いただろうか。小豆島の他、和歌山県の田辺市、岡山県の犬島、京都府の京丹後市、岐阜県の飛騨高山などいろいろ懐かしい記憶が残っている。参加人数も最大80名に達した。

 

小学校4年で小豆島の合宿に参加した生徒の1人が現在育星舎の講師をしている。年をとったわけだ。

 

 

 

 


 

 

 

 

| IRIE | - | 03:39 | - | - | -
書写

入江塾の小4〜小6生に天声人語の書写を毎週宿題として1回分を与えている。それも算数の時間に。私の大学受験の頃、学力向上のためにそれが有効だと言われていた。数年前にそれを思い出し、私が始めた。生徒の中には邪魔くさがるものもいたし、極端な場合その効果を否定する保護者もおられた。

 

塾長である秋定が「なぜ書写が宿題に出るの?7つの目的と効果について」なるタイトルの文章をホームページに近いうちに載せることになった。読んでみるとわかりやすい文章で私の考えをきっちりまとめてくれており感心した。皆さんにも是非読んでほしいものである。

 

ところで最近、書写の根拠となりうるかもしれない新たな事実を知って驚いた。すなわち、ホモサピエンスの持つ驚くべきテクノロジーは、脳の領域であるブローカ野が深くかかわっていることがわかってきたというのだ。ブローカ野というのは言語中枢といわれるもので、この領域に損傷を受けた人々は文法的に複雑な文章を作り出すことが不可能になるといわれる。

 

NHKスペシャル シリーズ「人類誕生」第3集「ついにヒトは海を越えた」(7月15日放送)でその事実は伝えられた。ホモサピエンスはネアンデルタール人などの他の人類に比べ、なぜ世界に広がることができたのか。まずなぜ広大な海を渡ることができたのか。この問いに対し、近年、当時から高度な航海技術があったことを示唆する証拠が次々と見つかっている。またなぜ極寒の地に進出できたのか。この問いに対して、ホモサピエンスは、画期的な発明品(例えば縫い針)を武器に寒い土地でも豊かに暮らしていた可能性があるという。このような技術や発明が言語を司る脳の領域であるブローカ野に負うところが大きいというのだ。


すぐれた言語活動の働きとテクノロジーの革命とがつながったのである。書写は脳の発達ををうながし、イノベーションにもつながっていくのではないだろうか。

 

 

 

30-8巻頭文.png
 

 

 

 

 

 

| IRIE | - | 11:18 | - | - | -
数学の天才 その5

 

「栴檀(せんだん)は双葉(ふたば)より芳(かんば)し」


天才は早熟な者が多い。朝日新聞のGLOBE 6月3日号で読んだのだが、数学のノーベル賞と言われるフィールズ賞を受賞するなど「超天才数学者」と呼ばれるテレンス・タオ(42)は9才で大学に入ったという。一般人の知り合いに普通そんな子供はいない。私はその例外かもしれない。

 

私は長年、中学受験を指導してきて優秀な生徒はたくさん見てきた。数学科に行くという生徒もいた。その中でも十数年前の小学5年生のTくんとの出会いは衝撃的であった。アスペルガー症候群であるTくんはお母さんと入塾相談に来た。お母さんに促されるままにぎこちない挨拶をした以外はTくんは私と視線を合わせず、宙を見つめているような表情で、自分のことが話題にのぼっていることも一切関知しない態度であった。

 

お母さんが言うには高校数学の微分・積分ができるという。半信半疑で確認してみると理解しているようなのだ。今までこんな子供と出会ったことがなかったので非常に驚いた。個人指導で国語・算数・理科をみることになった。算数は私が担当した。そこでさらに驚くことになった。

 

 

      

 

このような筆算で解いても間違いそうな問題を暗算で解くのである。1、2分じっと式を見つめていて、ぼそっと解答する。それがすべて正解なのである。私は教えるというより、合格に必要な問題を提供したにすぎない。

 

超難関校に彼は合格した。風の便りに聞くとそこでいじめにあい退学したという。数学の天才は今どうしているのか。

 

 


 

 

 

  

| IRIE | - | 15:17 | - | - | -
数学の天才 その4

 

私の高校の同級生M君は当時同期生の間で「(数学の)天才」と呼ばれていた。その頃流行り出したルービックキューブを初めてなのにものの1、2分で完成させてしまった。また今でも有名な数学雑誌「大学への数学」(東京出版)の毎月の学力コンテスト成績優秀者として彼は常連であった。M君は京大理学部へ進学したのだが、東大理気帽圓辰人Э佑他校出身者から「君の高校にMという生徒がいるよな」と質問されたということだ。それほど彼の名は数学愛好家の中で全国的に名が知れていたのである。

 

そんな彼は当然数学者になった。十数年前になるだろうか、私の実家が京都の古民家であるということで、アメリカの数学者を連れて見学に来たことがある。そんなとき「ぼくらプロは…」と表現したことがある。なるほど、数学者というのは数学を扱うプロフェッショナルなんだと感心したことがある。

 

数学の天才であった彼が京大理学部に進むというので、数学科に行くのをあきらめて京大医学部に行った者もいたと聞く。それで思い出した。私がお世話になったY先生が言われたこと。「何年に一度かの天才があらわれると普通なら秀才として大学に残れた者が色あせて見えてしまう。よく切れている刃物もカミソリが来ればナタになってしまう。」というのである。

 

天才はまわりの人生を変えてしまう。

 

 

 

    
 

 

 

 

 

 

| IRIE | - | 03:09 | - | - | -
     12
3456789
10111213141516
17181920212223
24252627282930
31      
<< March 2019 >>

このページの先頭へ